「もっと丁寧に」「強く蹴って」「しっかり止めて」——サッカーを教えるとき、大人が自然に使う言葉です。ところが、これらを言われた子どもの動きは、たいてい変わりません。何度言っても直らないので「聞いていない」「集中力がない」と思ってしまう。ですが、原因は子どもの態度ではありません。その言葉が、子どもの中に受け取る器を持っていないだけです。技術の感覚は、本来言葉で表せないもの。それでも上手い指導者が伝えられるのは、まったく別の方法を使っているからです。
「丁寧に」「しっかり」「強く」は程度を表す言葉で、どこまでやれば正解か本人には分かりません。だから動きが変わらない。効くのはその子がすでに知っている感覚に寄せたたとえです。「ボールにあいさつするように止めて」「風船を割らないように触って」。そして最重要なのが同じたとえを使い続けること。毎回違うたとえを出すと、共通の言葉になりません。たとえは、家庭とチームの合言葉にして初めて効きます。
この記事は、少年サッカーの現場に立つ現役のU10・8人制コーチが監修しています。監修コーチが、トラップが大きくなる子に対して2つの言い方を試し分けたことがあります。1か月は「もっと優しく止めよう」、次の1か月は「卵を受け止めるみたいに」。同じ子たちに、同じ練習で。結果、ボールが足元1メートル以内に収まった割合は、前者の期間が42%、後者が71%でした。教えた技術は同じです。変えたのは言葉だけ。そして「優しく」のほうが1か月やっても伸びなかったのは、優しさの基準が子どもの中に無かったからです。
01なぜ「もっと丁寧に」は伝わらないのか
まず、うまくいかない言葉の共通点を整理します。
共通しているのは、どれも「程度」を表す言葉だということです。丁寧に・しっかり・強く・もっと。どれくらいやれば正解なのかが、言葉の中に入っていない。
大人はこれで通じます。自分の中に「丁寧なトラップ」の基準があるからです。ですが子どもにはその基準がまだ無い。基準が無い相手に程度を伝えても、届きようがありません。
ここを取り違えると、指導者も親も同じ結論に至ります。「何度言っても直らない=やる気がない」。実際は、受け取る器が無い言葉を、何度も投げていただけです。回数を増やしても伝わりません。言葉を変えるしかない。
02技術の感覚は、そもそも言葉にできない
もう一段、深いところに原因があります。
社会心理学者の岡本浩一氏は、著書『上達の法則』(PHP新書)のなかで、技能というのは体で覚える種類の知識であって、本来は言葉では表せないという趣旨のことを書いています。それにもかかわらず、上級者はその要諦をたとえ(メタファ)によって伝えることができる、と。
同書で挙げられている例が印象的です。将棋の升田幸三は、相手の手に迫力が無かったことを「二階から目薬を差すような手」と表現した。茶道では所作の微妙な難しさを「間」という言葉で伝える。音楽の指導では「別れ際に恋人の手を離すときのように」と言う。
どれも技術の説明になっていません。ですが伝わる。
同書の説明を要約すると、こうなります。
技術そのものはその人の中にある感覚のコードとして存在していて、コード自体は言葉で運べない。
けれども、そのコードに似た形をした別の感覚を言葉で指し示すことはできる。
だから、相手がすでに持っている感覚を借りることで、伝えられないはずのものが伝わる。
この考え方に立つと、「もっと丁寧に」が効かない理由もはっきりします。丁寧という言葉は、借りる先の感覚を指していない。ただ程度を要求しているだけです。
03たとえが効く理由|すでに持っている感覚を借りる
冒頭の実測に戻ります。「優しく止めて」が42%、「卵を受け止めるみたいに」が71%。
なぜ差が出たのか。卵は、子どもがすでに知っているからです。落としたら割れる。だから受け止めるときは、手を下に引きながら勢いを吸収する。その体の使い方を、子どもはもう体で知っています。
「卵を受け止めるみたいに」と言われた瞬間、その既知の感覚がトラップに転用される。新しく覚えるのではなく、持っているものを持ってくるだけ。だから速い。
低学年は、抽象的な言葉の在庫が少ない分、具体的な体験の在庫は大人と大差ありません。卵、風船、そうっと歩く、ドアを開ける——全部知っている。だから低学年ほどたとえが効きます。逆に「丁寧」「正確」「意識して」といった言葉は、低学年にはほぼ届きません。
04効くたとえの3条件
どんなたとえでもいいわけではありません。効くものには共通点があります。
① その子が実際にやったことがある
知識として知っているだけではダメ。体でやったことがあるものを選びます
② 動作の方向がひとつに決まる
「ふわっと」ではなく「卵を受け止める」。やることが1つに決まる形にします
③ 短い
1秒で言えること。長い説明はプレー中に使えません
②が特に大事です。たとえば「猫みたいに」は、聞こえはいいけれど何をすればいいか分かりません。柔らかく?静かに?速く?——方向が決まらないたとえは、詩であって指導ではありません。
05そのまま使えるたとえ集(場面別)
現場で実際に効いたものを挙げます。そのまま使ってください。
「卵を受け止めるみたいに」=勢いを吸収する
「ボールにあいさつして」=ぶつけるのではなく迎えにいく
「ボールを前に置く」=止めるのではなく、次に蹴れる場所へ
「ドアを開けるみたいに体を開いて」=半身で受ける
「後ろにおばけがいないか見て」=受ける前に背後を確認する
「おしりを下げて」=重心を落とす
「いすに座るみたいに」=同上(低学年向け)
「さわるだけ。押したらダメ」=腕の使い方(反則との線引き)
「10歩離れて」=味方と重ならない(「散れ」の言い換え)
「白い線をはさんで立って」=目に見える基準で距離を作る
「相手のつま先が見えるまで運ぼう」=距離を詰める
「相手が動いてから、反対」=重心の逆を突く
気づかれたと思いますが、どれも「程度」ではなく「動作」を指しています。そして全部1秒で言えます。
06同じたとえを使い続ける
ここが、この記事でいちばん見落とされやすい部分です。
たとえは、繰り返し使って初めて共通語になります。『上達の法則』でも、たとえが機能する前提として使う側と受け取る側のあいだで、その感覚のコードが共有されていることが挙げられています。つまり1回言っただけでは、たとえはただの言葉遊びです。
毎回ちがうたとえを出してしまう。
1回目「卵を受け止めるみたいに」
2回目「ふわっと置くように」
3回目「クッションみたいに」
大人は同じことを言っているつもりでも、子どもには3つの別々の指示に聞こえます。結果、どれも定着しません。
やるべきことは単純です。1つの技術につき、たとえは1つに固定する。そして家でもグラウンドでも、同じ言葉を使う。
これができると、言葉が短縮できるようになります。最初は「卵を受け止めるみたいに止めよう」と言っていたのが、そのうち「卵!」の一言で通じるようになる。試合中に使えるのは、この段階まで来た言葉だけです。
01わが家の合言葉を3つだけ決める
今いちばん直したい技術を3つ選び、それぞれにたとえを1つずつ決めます。紙に書いて冷蔵庫に貼るくらいでちょうどいいです。増やさないこと。
02コーチが使っている言葉を子どもに聞く
「コーチはなんて言ってる?」と聞いて、チームで使われているたとえを拾います。同じ意味なら、家でもその言葉に合わせます。
03短縮できるか試す
「卵を受け止めるみたいに」で通じるようになったら、「卵!」だけで言ってみます。動きが変われば、その言葉は定着しています。
「「丁寧に」を「卵を受け止めるみたいに」に変えただけで、その日のうちに変わりました」
「毎回ちがう言い方をしていたのが原因だと分かって、恥ずかしくなりました」
「「卵!」だけで通じるようになって、試合中に使えるようになりました」
「コーチが使っている言葉を聞いて家でもそろえたら、覚えが早くなりました」
たとえが効くのは、ボールの挙動が毎回同じであることが前提です。空気が抜けていたり号数が違ったりすると、同じたとえでも結果が変わり、子どもは混乱します。
△ここだけ注意:ボールを替えれば伝わるようになる、という話ではありません。ただ「卵を受け止めるみたいに」と言っても、ボールがカチカチだったり空気が抜けていたりすると、同じ動きにならない。言葉を変える前に、条件をそろえておく価値はあります。すでに4号の検定球をお使いなら不要です。
07たとえが効かないとき
最後に、限界も書いておきます。たとえが万能なわけではありません。
① そのたとえの元を体験していない
卵を割ったことがない子には「卵を受け止めるように」は効きません。別のたとえに替えます
② そもそも体力・体格が足りていない
ロングキックが飛ばないのは、言葉ではなく筋力の問題のことがあります
③ 測れない言葉に逃げている
「気持ちを込めて」「魂で蹴れ」——これはたとえではなく、確かめようのない言葉です
③は特に注意が必要です。たとえと、測れない精神論は別物。「卵を受け止めるように」は、できたかどうかを見れば分かります。「気持ちを込めて」は、できたかどうか誰にも判定できない。
判定できる言葉かどうか。これがたとえと精神論を分ける線です。
08よくある質問
なぜ「もっと丁寧に」は伝わらないのですか?
「丁寧に」「しっかり」「強く」はどれも程度を表す言葉で、どこまでやれば正解かが言葉の中に入っていないからです。大人には自分の中に基準があるので通じますが、子どもにはその基準がまだありません。基準が無い相手に程度を伝えても届きようがないので、何度言っても動きが変わりません。
なぜ「たとえ」だと伝わるのですか?
技術の感覚は本来言葉では表せない種類の知識ですが、その感覚に似た形をした別の感覚なら言葉で指し示せるからです。「卵を受け止めるみたいに」が効くのは、卵を落としたら割れる、だから勢いを吸収して受ける——という体の使い方を、子どもがすでに体で知っているからです。新しく覚えるのではなく、持っているものを転用するだけなので速いのです。
効くたとえの条件はありますか?
3つあります。①その子が実際に体でやったことがあること、②動作の方向が1つに決まること、③1秒で言えるほど短いこと。とくに②が重要で、「猫みたいに」は聞こえはいいものの、柔らかくなのか静かになのか速くなのか決まらないため機能しません。方向が決まらないたとえは、詩であって指導ではありません。
毎回ちがう言い方をしてしまいます。問題ありますか?
大きな問題です。「卵を受け止めるみたいに」「ふわっと置くように」「クッションみたいに」は、大人には同じ意味でも、子どもには3つの別々の指示に聞こえます。1つの技術につきたとえは1つに固定し、家でもグラウンドでも同じ言葉を使ってください。定着すると「卵!」の一言で通じるようになり、試合中にも使えるようになります。
チームのコーチと言い方が違う場合はどうすればいいですか?
同じ意味なら、家庭側をコーチの言葉に合わせることを勧めます。家とチームで違う言葉を使うと、子どもの中で二重管理になって定着が遅れます。月に1回「コーチはなんて言ってる?」と聞いて、チームで使われている言葉を拾ってください。
「気持ちを込めて」もたとえに入りますか?
入りません。たとえと精神論を分ける線は、できたかどうかを判定できるかどうかです。「卵を受け止めるように」はできたかどうかを見れば分かりますが、「気持ちを込めて」「魂で蹴れ」は誰にも判定できません。判定できない言葉は、子どもにとって改善のしようがない言葉です。
言葉の「量」の問題も、あわせて確認しておく価値があります → 指示が多いほど、決められない子になる 実際に効いたたとえを技術ごとに使うなら半身で受けると球際で当たり負けする子へへ。
「サッカーが上手い選手より、サッカーを通じて“かっこいい大人”を育てる」
育成年代の指導3年目、延べ50名ほどの子どもたちと向き合ってきた現役コーチ。判断・認知・立ち位置を軸に「個の前進力」と「戦術理解」の両立を追求しています。
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