「あの子はよく走る」——少年サッカーで、いちばん安全に使える褒め言葉です。走っていれば誰からも文句を言われません。ところが試合を数えてみると、走り続けている子ほど、肝心の場面で走れていないことがあります。動きが止まらないぶん、必要な瞬間に全力が残っていないからです。サッカーで効くのは走った量ではなく、「ここだ」というときに全力で走れた回数のほうです。
見るべきは総移動量ではなく、全力ダッシュの回数と、その1本が意味を持ったかどうかです。
実際に1試合を数えたところ、「よく走る」と言われている子の全力ダッシュは9本・うちボールに関われたのは3本。「サボっていると見られがち」な子は11本・うち8本でした。常に動いている子のほうが、効いた走りは少なかったということです。
親が見学席でやれることは1つ。「走った量」ではなく「効いた1本」を褒めることです。
この記事は、少年サッカーの現場に立つ現役のU10・8人制コーチが監修しています。監修コーチが、15分ハーフの試合で「5歩以上の全力ダッシュ」を目視で数えたことがあります。対象は2人。ベンチでも保護者席でも「よく走る」と言われていた子と、「もっと動け」と言われがちだった子です。
結果は上のとおりです。総移動量は前者が明らかに多い。ですが、その走りの多くはボールが逆サイドにあるときの、なんとなくの移動でした。後者は歩いている時間が長いかわりに、スイッチが入る瞬間の精度が高かった。
数え終わったあとで、評価のしかたを変えました。
01「よく走る」が万能の褒め言葉になっている問題
まず、なぜこの言葉がここまで広く使われるのかを考えてみます。
サッカーを知らなくても言える(技術が見えなくても、動いているかは見える)
否定されない(走って怒られることはまずない)
本人の努力に見える(才能ではなく姿勢の話にできる)
3つとも、大人にとって都合がいい。だから使われます。ですが、子どもの側から見ると「動いていれば評価される」という学習が起きます。
この学習をした子は、ボールに関係のないところで動き続けるようになります。走っていれば怒られないからです。本人はサボっていません。むしろ真面目です。ただ、真面目さの向け先が、試合に効かない方向に固定されてしまっている。
02走行距離は何を測っているのか
ここは正直に書きます。小学生年代について、走行距離と試合結果の関係を示す確かなデータは、手元にありません。測定機器を全員につけて試合をする環境が、少年サッカーにはほぼ無いからです。
分かっているのは、大人のサッカーでの扱いの変化です。
かつては総走行距離が運動量の指標として大きく扱われていました。
現在は、それよりも高い強度で走った距離やスプリントの回数のほうが注目されます。
理由は単純で、総走行距離は「歩いた距離」も含むからです。ゆっくり移動している時間が長くても数字は伸びます。
「走行距離は無意味」という話ではありません。長い時間動き続けられる体は、サッカーで確実に有利です。言いたいのは「走行距離が多いことが、そのままプレーの質を示すわけではない」という一点です。総量が同じでも、中身が違えば効き方が違います。
03実測|動き続ける子と、止まれる子
冒頭の数え方を、もう少し詳しく書きます。
1本と数える条件=5歩以上、明らかに全力で走ったとき
効いたと数える条件=その走りがボールに触る・相手を引き連れて味方のスペースを空ける・シュートを打たせない位置に入るのいずれかにつながったとき
歩いた距離・ジョグは数えません。
結果を並べます。
差が出た理由は、試合中の様子を見れば分かりました。Aくんはボールが逆サイドにあるときも動き続けていました。その結果、自分のサイドにボールが来る瞬間には、すでに脚が重い。
Bくんは、ボールが遠いときは歩いていました。そのかわり、相手がバックパスをした瞬間や、味方が前を向いた瞬間に、いきなり全力になる。
Bくんのような子は「サボっている」と評価されがちです。見た目がそう見えるからです。ですが、走るべき瞬間を待って脚を残しているのだとしたら、それは判断です。歩いているのがサボりなのか、ためているのかは、その直後を見れば分かります。直後に全力が出るなら、ためています。
04効くのは「回数」と「タイミング」
まとめると、見るべきものは2つに絞れます。
サッカーの走りは、ずっと同じ速さではありません。歩く・ジョグ・全力が混ざります。
このうち試合を動かすのはほぼ全力の部分だけです。全力の回数が増えれば、関われる場面が増えます。
同じ全力でも、始まりが1秒早いかどうかで結果がまったく変わります。
相手が顔を下げた瞬間、味方が前を向いた瞬間、こぼれそうな球が跳ねた瞬間——始めるタイミングを覚えることのほうが、足を速くするより早く効きます。
②は、体格にも足の速さにも関係ありません。いま足が遅い子でも、今日から差を詰められる部分です。
05見学席で数える方法(3分あればできる)
道具は要りません。指を折るだけです。
01前半だけ、全力ダッシュを数える
わが子が5歩以上を明らかに全力で走ったら1本。前半だけで構いません。合計本数をメモします。
02そのうち「効いた本数」を分けて数える
1本ごとに、ボールに触った・相手を連れて味方のスペースを空けた・シュートを打たせない位置に入った、のどれかにつながったかを見ます。つながった本数だけ別に数えます。
03帰り道に「今日いちばん効いた1本」を聞く
「今日いちばん、走ってよかったと思ったのはどの場面?」と聞きます。本数の話はしません。
「数えてみたら、動き続けているのに全力は5本しかありませんでした」
「「よく走ったね」をやめて「あの1本がよかった」に変えたら、本人が場面を覚えて帰ってくるようになりました」
「歩いているのが気になっていましたが、直後に全力が出ているのを見て見方が変わりました」
「効いた割合を数えたら、後半に大きく落ちると分かって、体力の話だったと気づきました」
06止まれない子に、何が起きているのか
最後に、動き続けてしまう子について書いておきます。これは性格ではなく、多くの場合は理由があります。
3つ目が最も多い印象です。周りを見ていない子は、走り出すきっかけをボールにしか持てません。だからボールが動くたびに全部追いかける。追いかけるので、来たときには脚が残っていない。
ここで「走るな」と言うと、今度は動かなくなります。伝えるなら「走る前に見よう」です。走る量を減らす指示ではなく、走り出す理由を増やす指示にしたほうが、子どもは受け取れます。
07家でできること
全力の回数を増やす練習は、家では作りにくいものです。かわりに「始めるタイミング」だけを切り出して練習できます。
親が「はい」と言ってから走り出すのではなく、親がボールを触った瞬間や親が下を向いた瞬間をスタートの合図にします。
反応の速さではなく、「見て、決めて、始める」という順番を体に入れるのが狙いです。声を合図にすると、見る工程が抜けてしまいます。
走る距離は5〜10メートルで足ります。長く走らせる必要はありません。この練習で伸ばしたいのは、脚の速さではなく開始の判断だからです。
08よくある質問
走行距離は意味がないのですか?
意味がないとは言えません。長い時間動き続けられる体はサッカーで有利です。ただ、総走行距離には歩いた距離も含まれるため、数字が大きいことがそのままプレーの質を示すわけではありません。大人のサッカーでも、総距離より高い強度で走った距離やスプリントの回数のほうが注目されるようになっています。なお小学生年代について、走行距離と試合結果の関係を示す確かなデータは手元にありません。
「よく走る子」は評価しないほうがいいのですか?
評価してよいのですが、褒める対象を変えたほうが伝わります。「よく走ったね」は量への評価なので、子どもは「動き続ける」方向に最適化します。「後半の、相手のキーパーが持った時の走り出しがよかった」のように1本を指して褒めると、いつ走るかのほうに意識が向きます。
全力ダッシュの回数は、何本あればいいのですか?
学年・ポジション・試合展開で変わるので、基準値は示せません。比べる相手は他の子ではなく前回の自分にしてください。参考として、15分ハーフで数えた実測では9本と11本でした。本数より「効いた割合」のほうが読み取りやすく、半分を超えていれば質は高いほう、3割を切るなら走る場所か始めるタイミングに改善の余地があります。
うちの子は試合中よく歩いています。サボりでしょうか?
直後を見れば分かります。歩いた直後に全力が出るなら、ためています。歩いたあとも歩いているなら、走るきっかけを持てていない可能性が高いです。後者の場合の原因の多くは体力ではなく、周りを見ていないことです。ボールしか見ていない子は、走り出す理由をボールにしか持てません。
動き続けてしまう子には、どう言えばいいですか?
「走るな」は避けてください。今度は動かなくなります。伝えるなら「走る前に見よう」です。走る量を減らす指示ではなく、走り出す理由を増やす指示にすると受け取れます。ボールが逆サイドにあるあいだに一度周りを見る、という具体的な行動まで落とすとさらに実行されやすくなります。
家で全力ダッシュの練習をさせたほうがいいですか?
走る量そのものより、開始のタイミングを切り出したほうが効きます。親の声を合図にすると「見る」工程が抜けるので、親がボールを触った瞬間や下を向いた瞬間をスタートの合図にしてください。距離は5〜10メートルで十分です。伸ばしたいのは脚の速さではなく、見て決めて始める順番だからです。
走り出すきっかけを増やすには、まず周りを見る習慣からです → 顔を上げる・視野を広げる練習 体力そのものが足りていないと感じるならすぐ疲れる子へ|持久力・走力の伸ばし方、ボールがないときの立ち位置は動き出し・オフザボールへ。
「サッカーが上手い選手より、サッカーを通じて“かっこいい大人”を育てる」
育成年代の指導3年目、延べ50名ほどの子どもたちと向き合ってきた現役コーチ。判断・認知・立ち位置を軸に「個の前進力」と「戦術理解」の両立を追求しています。
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